ライフコーチがみさんのプロフィール:50代でコーチング起業した理由

※当ブログは、ライフコーチの私が主に40代以降に様々な転機を乗り越えてきた経験をもとに書いています。
主に、
・民間から公務員転職
・公務員から起業や民間へ転職
・40代以上の転職・副業・起業
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ライフコーチがみさんプロフィール

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(2022年1月16日投稿)

こんにちは。【ネクストキャリア実現サポーター】でライフコーチのがみさんです。

はじめましての方もあらためましての方もいらっしゃると思います。

今回は、僕が50代(54歳)でコーチング起業した理由、いきさつを書いていきます。

ライフコーチがみさんのプロフィール:50代でコーチング起業した理由

この順番で書いていきますね。

がみさんがコーチング起業するまで
  • ライフコーチがみさんのこと
  • 僕がコーチングに出会ったきっかけ
  • とにかく色々あった30代~40代
    ・・絶好調からどん底に。その後復活しても数々の困難の連続
  • 50代でリストラされてからやったこと
  • なぜ54歳でコーチング起業したのか?
  • コーチング起業は誰でもできるの?
  • がみさんの想い

ライフコーチがみさんのこと

   

僕は本名を今神雄一(イマガミ ユウイチ)と申します。

あまり聞いたことがない苗字でしょ?

調べたら、鹿児島県と愛知県に多い(でも、とても少数)苗字らしいです。

今でこそ全国にいますが、それは、僕の兄弟や親戚がほとんどです。

その鹿児島市で、極貧で父親が病弱で定職に就けない家庭の4人兄弟の長男として生まれ、就職するまで鹿児島市の県営住宅で育ちました。純朴なバスケ少年でしたよ。

現在55歳で、社会人デビューは日本マクドナルドでした。17年間正社員として勤めました。

転勤族で、マクドナルド時代に全国14か所に住み、その後も転職した関係上、20か所に住んで、今では故郷の鹿児島市に戻り、コーチング業をしています。

若いころはイケイケで、それなりに野心も多い人間でしたが、今では年相応?に、穏やかなおじさんです。

離婚経験があり、8年以上家族で住んだ福岡県に長女と長男が暮らしています。

近い将来、我が子の近くにも拠点を構え、大好きな沖縄にも住んでみたいと思っています。

東京、大阪など都会や地方都市、宮崎県の人口3万人しかいない田舎にも住みましたが、やっぱり福岡や鹿児島みたいな地方都市が性に合っている人間です。

趣味はスポーツジムで筋トレすることです。

学生時代はバスケットボールを10年間、30代ではスポーツジム通いとマラソンが趣味でした。

今でもスポーツジムには通っており、筋トレをしています。

スポーツ大好き人間です。

僕がコーチングに出会ったきっかけ

僕がコーチングというものに出会ったきっかけは、マクドナルドで広島駅店の店長をしていた時です。

32歳の時で、まだコーチングというものが日本に来て間もなく、民間資格やコーチエイなどの会社もなかった頃です。

赴任2か月目に、ある男性社員から退職の申し出があったんです。

その時の理由が「店長、もう勘弁してください。」というひとことでした。

それまで自分が店長時代に退職した方は2人。いずれも寿退社で、さほど悩んでいませんでしたが、このときばかりは衝撃が強すぎて、1か月以上眠れないほど悩み続けました。

そこで、自分の店長としての在り方に疑問を感じ、本屋を回ってヒントを探し続けたんです。

そこで見つけたのが「コーチング」というスキル。

本屋さんにあるコーチング関係の本を全部買って、独学で学びワークもしました。

そして、それをマネジメントや人材育成に少しずつ活かしていったんです。

すると、エリアの問題児といわれるほどの部下でも急成長し、成果も出すようになり、その後の人生が良い方に変わっていったんです。

そこで、「コーチングって本物だ。人の人生を変える!これを様々な場面で使っていこう!」と決めました。

ほどなくしてマクドナルドでもコーチングが導入され、さらに体系的に学ばせていただきました。

転職先でも使いましたが、50代で自分がコーチングで救われ、自分のコアビジネスになるとは思いもしなかったです。

とにかく色々あったがみさんの30代~40代

そんな僕の経歴を紹介します。

・地元鹿児島で大学時代まで育ち、バイト先のマクドナルドが楽しすぎて、アルバイトのマネージャーにもなり、そのまま22歳の時に日本マクドナルドに正社員として入社しました。

高校生まで劣等感の塊だったので、認められてうれしかったのも大きな理由です。

性に合っており、17年間正社員として店長やエリアの責任者をしました。

結婚したのは25歳の時でした。可愛い子供を2人授かることができました。

今思えば、人生絶好調の時代でした。

・度重なる転勤(転居を伴い、多い時は1年に4か所!全部違う県です。)で家族の苦労も半端なく、転職活動を開始。このような事情がなくても、マクドナルドみたいな外資系は、特に40代で嫌でも転機が訪れます。

そして、比較的得意だった文章力と面接で、社会人経験者採用枠で地方公務員に受かってしまいました。

しかし、性格が全然向いておらず、途中うつ病に。不眠症にもなり、改善のために入院したこともあります。

そんな公務員を辞めたくて仕方がなく、県知事から与えられたミッションをやり遂げた2年後に退職しました。

・2008年に福岡市にカフェ開業。最初はお客様もたくさんいらっしゃいましたが、キャッシュフローが全然回らなくなり、夜中にヤマト運輸の仕分けなど様々なバイトをしながら営業。3年目についに力尽きて廃業しました。

開業した2か月後にリーマンショックが起こるなど、なんだか悪い予感はしていたんです。

安定したサラリーマン時代とはうってかわって、生活は困窮し、家族に大変な苦労をかけました。一時は所持金が64円まで落ちたことがあります。普通のごはんが食べたい!と、いつも思っていました。

そして離婚。その時には借金が1000万近くにまで膨れ上がっていました。まさに多重債務者です。

・カフェを清算したのはいいものの、ほぼ無一文。ハローワークの基金訓練(失業手当がもらえない人対象の月10万円もらいながらの職業訓練)を受けながら、離婚調停や再就職探しをしました。本当につらい時期でしたよ。

・離婚が決まり、養育費や借金返済を考えると、「どうしても年収800万以上は稼がないといけない!」ということに気づきました。

そして、転職サイトの求人を調べたところ、それだけもらえる条件は、のきなみ英語力と書いてありました。

だから、別に好きでも得意でもない英語に必死で取り組みました。マクドナルドが外資系で、英語や外国人に慣れていたのは助かったです。

・再就職できても無一文では初任給まで1か月半もあるので、その日まで生き延びるために、トヨタの期間従業員(愛知県)をしました。

3か月でしたが、90万円ほど貯金でき、そのおかげでとても助かりました。44歳でしたが、そんなにしんどくはなかった。むしろ楽しかったです。

・そしてある企業の海外事業部に再就職。最初から海外出張があったし、住居費用や生活費などが必要なため、トヨタで貯めた90万円には本当に助けられました。

・その後、好条件で転職も経験し、リストラで退職するまでは、サラリーマンをしました。

絶好調からどん底に。その後復活しても数々の困難の連続

上を読んでいただいても結構修羅場を潜り抜けてきたことが分かって頂けると思います。

マクドナルド時代は絶好調。公務員は嫌で嫌で仕方なく退職。

そしてカフェを経て再就職できたのですが、慣れない会社で変な人間関係(妬み、足引っ張り、年齢が上というだけで威張ってくる同じ中途入社組の人)は、相当なストレスでした。

おまけに英語もそんなに上手くないのに海外事業部です。国内外出張ばかりしていましたが、プレッシャーはとんでもなかったです。

仕事はどんどん増え、国内マーケティングやPMOも追加され、ついに身体を壊しました。

そして、鹿児島にいったん帰り、実家で療養。

その後、昔ビズリーチで知り合ったヘッドハンターから声がかかり、東京の外資系企業に転職。身体は治っていました。

外資系企業では海外のレストランチェーンを六本木に開ける仕事をしました。

しかし、親会社があれこれ手を広げ過ぎて債務超過に陥り、それに伴いレストランを閉めることに。

そしてリストラ。全員解散という結末でした。レストランは連日長蛇の列だったので、とても悔しい思いをしました。

借金返済にカタが付いた時は50歳になっていました。リストラされたのも50歳。

普通はお先真っ暗と思う人が多いと思いますが、僕の場合は借金という重荷が取れて、晴れて自由の身になったことから、なんだかすっきりした気分でした。

リストラされ、50代からやったこと

借金で身動きできない状態から50歳で自由の身になったのはいいものの、「さて、これからどうしようか?」と、考えた末、アフィリエイトをすることにしました。WEBで事業をスタートしたのは、この時から。

最初は訳が分からなかったですよ。派遣社員や契約社員をしながらコツコツ勉強しながら進めました。

インターネットを使ってどこでも出来る仕事だということ、東京(港区)に住み続けたら、高い家賃を払い続けないといけないことなどから、地元鹿児島に落ち武者のように帰ってきました。

そして、鹿児島市で派遣社員をしながらWEB事業を続けました。アフィリエイターです。

ちなみに上の写真は、鹿児島に帰ってきた4年ちょっと前に、公園で「これからどうしようか?(アフィリエイトも稼げていなかったし)派遣社員もしなきゃな、、、」と思いながら空を見上げたら目に入ってきた光景です。

そして、50代で派遣社員しながら毎日せっせとブログを書き続けました。

なぜ54歳でコーチング起業したのか?

その頃からの僕の生活は、朝3時か4時に起き、ブログ記事を2記事ほど書き、始発で出発。

まず会社近くのカフェに行き、そこでまた1記事。そして出勤という毎日でした。もうヘトヘト。年中無休でした。

そんな生活をしているとメタボになり、体調も悪くなり、健康診断の結果も悪くなっていきます。

そこで、53歳から筋トレダイエットをスタートしました。

結果はとてもよく、メタボから脱出。健康診断の数値もパーフェクトに回復しました。

アフィリエイトの収入もボチボチ増えてきてた時に、例の567ショック!

落ち込んでいる暇はなくコツコツ続けていた時に、ユーチューブで「あなたの経験がビジネスになる」というキャッチフレーズをみかけ、そのスクールに躊躇なく入りました。

コーチングビジネスとは知らなかったですけどねww

正確に言えば、「コーチングスキルを使って、自分の経験で今困っていたり、悩んでいる人、さらに成長したい人、何か目標を達成したい人達を助けるビジネス」です。上の写真の「人助け起業」のイメージです。

ここまで書いてきた経験がある僕には、まさにうってつけだと思いました。社会人がぶつかる問題の多くに対応できると思いました。

コーチング起業は誰でもできるの?

コーチング起業って誰でもできるの?ということですが、「誰でもできます!」というのが僕の答えです。

もちろんコーチングスキルを学ぶ必要はありますが、コーチとしての在り方が重要です。

強いて言えば、あまりにも自己中の人は向かないかもしれません。人のお役に立つのがこのビジネスだからです。

僕みたいな経験がなくても誰でも何かしら乗り越えた経験、会社や資格取得、外国語などで学んできて人の役に立てることはあります。ないコーチとは出会ったことがありません。

がみさんの想い

ブログは好きなので今後も続けますが、僕がどこかに勤めなくても、個人事業主として生計を立てられているのはコーチングビジネスに出会ったからです。

今はとても大変な時代です。

将来の不安がある人はたくさんいます。

そんな方に僕が伝えたい想いがあります。

人生どん底も経験した僕でも、そんな経験でさえもビジネスになる時代です。

あなたもいろいろな経験をしてきたと思います。

その経験を活かせて、人に喜ばれるのがコーチング起業です。

お金ももちろんいただけますし、辞めたい時が来るまで続けることができます。

あなたがいま、将来に悩んでいるのなら、自分の経験をブランドにして、コーチング起業してみるのも賢明な選択だと思います。

いま40代でも50代でも、それ以上でも、あなたの経験でいま当時のあなたと同じように悩んでいる方を救ってほしいと思います。

そして、そんな人が増えてほしいと願っています。

がみさん

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がみさんのインスタ

https://www.instagram.com/gamisan0811/

 

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